寒かった先週に比べ、今週は気温もだいぶ上がり、草木も芽吹き始めています。
今年は冬を日本で越したためかあまり冬を感じた記憶がありません。
寒くてつらい!と思ったのはたぶん、寒い中マイとビスをつれて散歩をしたときくらいかな。
マイは日本に二ヶ月近くいたことになりますが、ちょうど日本に行った頃からさまざまな成長が目にみえるようになりました。
日本に行く前はおもちゃを自分でつかみたくてもうまくつかめなかったのが、日本に行ってすぐくらいに上手におもちゃをつかんで遊べるようになりました。
あやしたときの反応もそれまではぼーっと見ているときが多かった気がするけれど、日本ではあやしてくれる相手をじっと見て何かしらの反応をするようになりました。
特にじいじとばあばにはゲラゲラといつも笑っていました。
できるだけ長くいていいよ、といってくれていた夫も最後のほうはやっぱり寂しかった様子。
私は、イタリアに戻ったら家が大変なことになってるだろうから大掃除が待ってるんだろうな~と覚悟していたのですが、床もキッチンもきれいに掃除をしてくれて(余程私が怖かったらしい・・・)、さらに、普段ジュエリーはあまりプレゼントしてくれない夫には珍しく、指輪のプレゼントまで用意をしてくれていました。
そして寂しい想いをさせてるかなと気がかりだったビスは、最初私を見たときはよくわからず戸惑っている様子でしたがすぐ理解し、大喜びでしばらくの間べったり。
日本へ行く前はビスのことはたまに視界に入るから見る、くらいだったマイが、今は常にビスを目で追いかけて手を出して触りたそうにしています。
ビスはその手をペロペロなめたそう。
今はまだ微妙な距離感。
今後この二人の関係がどうなっていくのか楽しみです。
毎週末行っていたモーニング。
イタリア人も朝バールに行ってエスプレッソとクロワッサンを食べる習慣がある人が多いけれど、やっぱり地元のモーニングがいいなあ、とこちらに帰ってきてしみじみ思います・・・
2013年2月25日月曜日
イタリアへ
予定より少し延びて約二ヶ月の日本帰国も終わり、イタリアへ戻ってきました。
帰りの飛行機は、マイは寝るもののベビーバシネットに置くと起きるで、寝ているときはほぼずっと抱っこ、おきているときは抱っこ紐でウロウロを繰り返しているうちに、意外にも早く乗り継ぎ地のフランクフルトまで着きました。
ただ、どちらかというとつらかったのはフランクフルトからトリノまで。
飛行時間は1時間ちょっとと短いのに席はほぼ満席で国際線の座席仕様よりも狭いし、ずーっと隣の人に当たらないかを気にしつつ抱っこだったので1時間ちょっとのフライトが倍以上長く感じました。
フランクフルトまでのフライト中、座っていたり立ってあやしていたりすると沢山の人が声をかけてくれてうれしかったのですが、そのうちほとんどの人から、かわいいぼっちゃんね~、と男の子に間違えられていました・・・
今回の日本滞在中は実家で両親に甘えさせてもらいましたが、親がマイをあやしている姿を見て、自分が小さいとき、こうやってあやしてもらってたんだろうなあ、としみじみ。
マイはあまり私には似ていないな、と思っていたのですが、母が昔の私の写真を見ていて似てる、というので見てみたら、どこがとはよくわからないけど確かに少し似てるとこがあるかも。
古めかしいこの二枚の写真は私の小さいころの写真です。
私もよく男の子に間違えられていたようなのでそんなとこまで似てるのかも。
二ヶ月なんて本当にあっという間でした。
その間沢山のおいしいご飯を食べさせてくれた母に感謝です。
おいしいものを食べにつれていってくれた父にも。 (母がいないときに私とマイを連れていったときもあったので母にヒドイ~!といわれてましたが)
マイは日本にいる間、毎日じいじとばあばに沢山遊んでもらい、表情も豊かになり、声も大きくなりました。
そして、寝返りはまだなのに寝返り返りから先にしました。 今のとこまだ二回だけですが・・・
イタリアに帰ってきて三日経ちますが、今回は日本滞在が長かっただけに気持ちがあとを引きずります。。
こんなときは友達に会っていっぱいおしゃべりするのが一番!
でもただいま私の車は車検に出しているので家にこもり中。
早く車戻ってこないかな。
早く母に頼んでおいた恋愛ニート(再放送)を録画したDVDが届かないかな。
帰りの飛行機は、マイは寝るもののベビーバシネットに置くと起きるで、寝ているときはほぼずっと抱っこ、おきているときは抱っこ紐でウロウロを繰り返しているうちに、意外にも早く乗り継ぎ地のフランクフルトまで着きました。
ただ、どちらかというとつらかったのはフランクフルトからトリノまで。
飛行時間は1時間ちょっとと短いのに席はほぼ満席で国際線の座席仕様よりも狭いし、ずーっと隣の人に当たらないかを気にしつつ抱っこだったので1時間ちょっとのフライトが倍以上長く感じました。
フランクフルトまでのフライト中、座っていたり立ってあやしていたりすると沢山の人が声をかけてくれてうれしかったのですが、そのうちほとんどの人から、かわいいぼっちゃんね~、と男の子に間違えられていました・・・
今回の日本滞在中は実家で両親に甘えさせてもらいましたが、親がマイをあやしている姿を見て、自分が小さいとき、こうやってあやしてもらってたんだろうなあ、としみじみ。
マイはあまり私には似ていないな、と思っていたのですが、母が昔の私の写真を見ていて似てる、というので見てみたら、どこがとはよくわからないけど確かに少し似てるとこがあるかも。
古めかしいこの二枚の写真は私の小さいころの写真です。
私もよく男の子に間違えられていたようなのでそんなとこまで似てるのかも。
二ヶ月なんて本当にあっという間でした。
その間沢山のおいしいご飯を食べさせてくれた母に感謝です。
おいしいものを食べにつれていってくれた父にも。 (母がいないときに私とマイを連れていったときもあったので母にヒドイ~!といわれてましたが)
マイは日本にいる間、毎日じいじとばあばに沢山遊んでもらい、表情も豊かになり、声も大きくなりました。
そして、寝返りはまだなのに寝返り返りから先にしました。 今のとこまだ二回だけですが・・・
イタリアに帰ってきて三日経ちますが、今回は日本滞在が長かっただけに気持ちがあとを引きずります。。
こんなときは友達に会っていっぱいおしゃべりするのが一番!
でもただいま私の車は車検に出しているので家にこもり中。
早く車戻ってこないかな。
早く母に頼んでおいた恋愛ニート(再放送)を録画したDVDが届かないかな。
2013年2月2日土曜日
日本より
実家のパソコンからの更新がなかなかうまくいかず、一月は全く更新できず2月に入りやっと今年初の更新になってしまいました。
遅れましたが明けましておめでとうございます。
日本滞在も一カ月が経ちました。
ゆる~くのんびり過ごしています。
年末年始は祖母や兄夫婦も数日間一緒に過ごしたのであっという間に過ぎていきました。
一緒について来てくれた夫も、9日間の滞在の後イタリアへ戻っていきました。
今回の滞在で一番楽しかったことは父に連れていってもらった初ゴルフらしい。
忙しくさせてしまったので楽しい思い出ができたみたいでよかった。
マイは4カ月になり日に日に出来ることが増えています。
3カ月を過ぎた頃から寝ぐずりが始まり、寝る前にわ~んと泣くことがしばしば。
でも同じ頃からあやすと反応も大きくなり、あーうーと大きな声でお話もするようになりました。
4か月で体重6,4キロ、身長65センチ。 順調に成長してくれています。
動きが激しいせいで後ろの髪は薄くなり、てっぺんの髪もかさぶたのせいで抜けて生まれたときより髪の毛減ってるかも。 そのせいもあるのかよく男の子に間違えられます。
本当は明日イタリアへ戻る予定だったのですが諸事情で少し日本滞在を延ばすことになりました。
イタリアで待ってるパパには申し訳ないけど、あと少し日本でのんびりさせてもらいます。
帰る頃には冬も終わりに近づいてるのでトリノの寒さも和らいでるだろうな 嬉しい~。
あ~ ビス(飼っている犬)が恋しい!
遅れましたが明けましておめでとうございます。
日本滞在も一カ月が経ちました。
ゆる~くのんびり過ごしています。
年末年始は祖母や兄夫婦も数日間一緒に過ごしたのであっという間に過ぎていきました。
一緒について来てくれた夫も、9日間の滞在の後イタリアへ戻っていきました。
今回の滞在で一番楽しかったことは父に連れていってもらった初ゴルフらしい。
忙しくさせてしまったので楽しい思い出ができたみたいでよかった。
マイは4カ月になり日に日に出来ることが増えています。
3カ月を過ぎた頃から寝ぐずりが始まり、寝る前にわ~んと泣くことがしばしば。
でも同じ頃からあやすと反応も大きくなり、あーうーと大きな声でお話もするようになりました。
4か月で体重6,4キロ、身長65センチ。 順調に成長してくれています。
動きが激しいせいで後ろの髪は薄くなり、てっぺんの髪もかさぶたのせいで抜けて生まれたときより髪の毛減ってるかも。 そのせいもあるのかよく男の子に間違えられます。
本当は明日イタリアへ戻る予定だったのですが諸事情で少し日本滞在を延ばすことになりました。
イタリアで待ってるパパには申し訳ないけど、あと少し日本でのんびりさせてもらいます。
帰る頃には冬も終わりに近づいてるのでトリノの寒さも和らいでるだろうな 嬉しい~。
あ~ ビス(飼っている犬)が恋しい!
2011年7月31日日曜日
日本滞在 その2
やっと少し頭がイタリアに戻ってきたところです。。
さて、今回の帰国で楽しみにしていたことの一つに、愛知県の知 られざる島、佐久島散策でした。

長く住んでいても知らないもので、そんな島があったなんて初めて知りました。
佐久島へは名鉄西尾駅の近く にある港から船に乗って行きます。

アートの島と呼ばれる佐久島、そこには多くの作品がいたるところに見られます。


地図を手に、古 墳を見に行こう!とズンズン歩いていくと、なんだかかなりジャングルっぽく、なんとなく沖縄の雰囲気を思い出しました。

佐久島でオカリナとリコー ダーを吹こう!と約束して、私はオカリナ、友達はリコーダーを持ってくる予定だったのですが、わたくし、すっかり当日の朝になったらオカリナのことなんて 頭から抜けてしまい、結局島に一緒に来たのはリコーダーだけ・・・ 友達はかばんからはみ出しながらもちゃんと持ってきてくれたのですが。

でも、 せっかくなので一緒に行った友達とその彼とリコーダー、吹きましたよ~(笑)
楽しかったなあ。

帰りには鰻で有名な一色町というところに寄 り、うな重を食べたのですが、これが感動的な美味しさ!!!
鰻は大好きで色々なお店のものを食べていますが、この一色町の三水亭というところの鰻 は絶品でした。
また食べに行きたいなあ。
今回の帰国で食べたかったものはたくさんあるのですが、その内の一つ、釜飯を食べによく家族で行く釜飯屋さんに連れていってもらいました。

そして、地元名物のモーニングは欠かせません。

私の地元ではモーニングと言い、朝喫茶店に行きコーヒーを頼めばパンやら卵やら色々なものがついてきます。
このモーニングをしに、この辺りの地域では日曜日に家族でみんなで喫茶店に行く習慣があるところが少なくありません。
今回は友達と行き、メープルシロップパンアイスのせ(豪華!)を頂きました。
そして、今回の帰国では習い事も一つ!
といっても、友達の家でケーキを食べたりおしゃべりしながら、といった感じですが。
織物のアトリエを開いている高校からの友達、J先生が、彼女が教室でも教えている木枠を使った織物を教えてくれました。

もう一人いた友達と二人で黙々と作業をしていたのですが、楽しくてなかなかやめられません。
結局、日本にいる間にあまりにはまって4個もコースターを作ってしまいました。
実はトリノに戻ってきてからも今二つ目に入っています(笑)。

名古屋文化センターで教えているJ先生ですが、教え方も上手で愉快なので、きっと生徒さんたちも彼女の元で覚えていくのは楽しいだろうなあ。
そして、私が編み物をするけど玉になっていない毛糸を買っていつも巻くときにこんがらがる、なんてことを言っていたら、こんな素敵なものをプレゼントしてくれました。

その名も、まきまきくるくる!! (あれ? くるくるまきまきだったかな?)
まだ玉になっていない状態の毛糸を大きな輪にかけ、ハンドルをくるくるまわすとまきまきしてくれる、というもので、とっても便利できれいな玉ができます。
これは大いに活躍してくれそうです♪
今回の帰国は久しぶりに夫抜きだったので、頭と体がどっぷり日本につかっていたような気がします。
その分こちらに戻ってきてから数日間はイタリア語がうまく口から出てきませんでした。
普段なかなか会えず、ず~っと会いたいなあと思っていた友達にも会え、そのちびっ子達や妊婦さん姿も見ることができて嬉しい限り。
会うたびに美味しいお菓子を山ほどプレゼントしてくれる食いしん坊仲間の友達。
何 度行ったり来たりしてもやっぱりお別れは切ない。
毎 回帰国の度にみんなからエネルギーをたくさんもらって、トリノに戻ると良い顔してるね、と言われるくらい元気になって、心もホッカホカで帰るのですが、今 回は特に、あ~ 自分の根っこはここなんだな、ととても強く感じた時間でした。
さて、今回の帰国で楽しみにしていたことの一つに、愛知県の知 られざる島、佐久島散策でした。

長く住んでいても知らないもので、そんな島があったなんて初めて知りました。
佐久島へは名鉄西尾駅の近く にある港から船に乗って行きます。

アートの島と呼ばれる佐久島、そこには多くの作品がいたるところに見られます。


地図を手に、古 墳を見に行こう!とズンズン歩いていくと、なんだかかなりジャングルっぽく、なんとなく沖縄の雰囲気を思い出しました。

佐久島でオカリナとリコー ダーを吹こう!と約束して、私はオカリナ、友達はリコーダーを持ってくる予定だったのですが、わたくし、すっかり当日の朝になったらオカリナのことなんて 頭から抜けてしまい、結局島に一緒に来たのはリコーダーだけ・・・ 友達はかばんからはみ出しながらもちゃんと持ってきてくれたのですが。

でも、 せっかくなので一緒に行った友達とその彼とリコーダー、吹きましたよ~(笑)
楽しかったなあ。

帰りには鰻で有名な一色町というところに寄 り、うな重を食べたのですが、これが感動的な美味しさ!!!
鰻は大好きで色々なお店のものを食べていますが、この一色町の三水亭というところの鰻 は絶品でした。
また食べに行きたいなあ。
今回の帰国で食べたかったものはたくさんあるのですが、その内の一つ、釜飯を食べによく家族で行く釜飯屋さんに連れていってもらいました。

そして、地元名物のモーニングは欠かせません。

私の地元ではモーニングと言い、朝喫茶店に行きコーヒーを頼めばパンやら卵やら色々なものがついてきます。
このモーニングをしに、この辺りの地域では日曜日に家族でみんなで喫茶店に行く習慣があるところが少なくありません。
今回は友達と行き、メープルシロップパンアイスのせ(豪華!)を頂きました。
そして、今回の帰国では習い事も一つ!
といっても、友達の家でケーキを食べたりおしゃべりしながら、といった感じですが。
織物のアトリエを開いている高校からの友達、J先生が、彼女が教室でも教えている木枠を使った織物を教えてくれました。

もう一人いた友達と二人で黙々と作業をしていたのですが、楽しくてなかなかやめられません。
結局、日本にいる間にあまりにはまって4個もコースターを作ってしまいました。
実はトリノに戻ってきてからも今二つ目に入っています(笑)。

名古屋文化センターで教えているJ先生ですが、教え方も上手で愉快なので、きっと生徒さんたちも彼女の元で覚えていくのは楽しいだろうなあ。
そして、私が編み物をするけど玉になっていない毛糸を買っていつも巻くときにこんがらがる、なんてことを言っていたら、こんな素敵なものをプレゼントしてくれました。

その名も、まきまきくるくる!! (あれ? くるくるまきまきだったかな?)
まだ玉になっていない状態の毛糸を大きな輪にかけ、ハンドルをくるくるまわすとまきまきしてくれる、というもので、とっても便利できれいな玉ができます。
これは大いに活躍してくれそうです♪
今回の帰国は久しぶりに夫抜きだったので、頭と体がどっぷり日本につかっていたような気がします。
その分こちらに戻ってきてから数日間はイタリア語がうまく口から出てきませんでした。
普段なかなか会えず、ず~っと会いたいなあと思っていた友達にも会え、そのちびっ子達や妊婦さん姿も見ることができて嬉しい限り。
会うたびに美味しいお菓子を山ほどプレゼントしてくれる食いしん坊仲間の友達。
泣きながら彼女の彼に、私へのプレゼン ト、これでい いかな、と聞いていた姿を見たときは、トリノが一番遠く感じた瞬間でした。
何 度行ったり来たりしてもやっぱりお別れは切ない。
毎 回帰国の度にみんなからエネルギーをたくさんもらって、トリノに戻ると良い顔してるね、と言われるくらい元気になって、心もホッカホカで帰るのですが、今 回は特に、あ~ 自分の根っこはここなんだな、ととても強く感じた時間でした。
2011年7月22日金曜日
日本の夏。
二週間ちょっとの日本滞在からトリノに戻ってきました。
日本に着いてまず驚いたのがその湿気!!
外に出るだけでお肌がじっとり、髪もペッタリ・・・
出発前から、日本は暑いから覚悟して来てねー、と数人の友達に言われていたのですが正にその通り。
夏に帰国するのが久しぶりだったのですっかりそのジメジメ感を忘れていました。
今回の帰国のメインの目的が、生まれてまだ二ヶ月も経たない甥っ子を見ること。
写真ではよく見ていたけれど、やっぱり実物を見るとかわい~。

まだ寝ているばかりで、お腹が空いたら泣いてミルクをもらい、また寝る。 寝ていても顔をくしゃっとさせたり手をぐぅ~と伸ばしてみたり、ニヤっと笑ってみたり。 そんな繰り返しですが見ていて全然飽きないので近くに寄ってじ~っと眺める。 でもなかなかその座をもらえません。。
何故かというと、さらにメロメロになっているじいじとばあばがその場所を陣取っているから。
でも、そんな嬉しそうな両親の様子や、父となって我が子をお風呂に入れている姿の兄を見るとなんだかこみ上げるものがありました。
基本的に友達の家に行ったりどこかで待ち合わせをしたり、ということが多かったのですが、少し足を伸ばして長良川の鵜飼を見に行ってきました。
まだ暗くならないうちに船で出発。

船には30人くらいのお客さんが乗っていました。

船の中には食べ物を持ち込んだり頼んだお弁当で宴会♪
この日はとても暑くジメジメしていたので船に入ってくる風がとても心地よかったです。
岐阜城も途中眺めながらゆらゆらと。

定位置につき鵜飼が始まるのを待っていると、どこからともなく盆踊り風の音楽が。

ふと見てみると踊り子さんたちを乗せた船がやってきて踊りを披露してくれました。
何とも風情溢れていい感じ。
近くにいたおじちゃん達はあの船に一緒に乗りたかったなあ、なんて言っていましたが(笑)
しばらく待った後、始まりの合図の花火が打ち上げられ、鵜匠さんたちが船に乗って鵜を引き連れてやってきます。

沢山の紐につながれた鵜達を自在に操り鮎を釣るわけですが、鵜は一瞬にして鮎をしとめるのでとても新鮮な鮎を獲ることができるのだそうです。
鮎は紐でつながれていますがぎゅっと全部締められているわけではなく、鵜にも少し獲った小さな魚が入るように少し余裕を持って締められているそうです。 ただ、本当の鵜達の食事はこの大仕事の後にご褒美として鵜匠さんたちからいただけます。
鵜は次々に鮎を捕まえ、それを鵜匠さんが引き上げ口から出させるのですが、その仕事の素早いこと。
この鵜飼には、鵜匠さんと鵜達の信頼関係がとっても大事だそうです。

いいものを見させていただき、日本の夏を堪能した気分になりました。
本当はもっと書きたいことがあるのですがまた次の記事に書きます。
というのも、まだ時差ぼけや疲れが抜けず頭がボーっとしているのです。
今回の旅は結構散々なものでした。
行きはすでに風邪っぴきの状態で飛行機に乗ったので、機内で航空性中耳炎になってしまったのです。
これは以前飛行機で仕事をしていた時に一度なり、それでもどうしても基地に戻るためにあと一便飛びたかったので、耳鼻科で鼓膜に穴を開けてもらい何とか飛んだこともありました。
上空ではあまり痛くはないのですが、降下中に耳や頭にものすごい激痛が走ります。
頭を抱えずにはいられないくらい。
風邪を引いていたり鼻が詰まっていると空気の通り道がなくなり、その状態で飛行機に乗ると気圧の変化でこの航空性中耳炎になりやすいのですが、今回まさかなるとは思っておらず、かなりしんどい思いをしました。。
そして日本到着後は今までの疲れが一気に出たのか胃を壊し、日本食を食べるのを心待ちにしていたのに2日くらいは胃が痛すぎてあまり食べられずなんだかゲッソリ・・・ (それでもかなり無理やり食べていた方だと思いますが。)
帰りは帰りで便の遅れのせいで乗り継ぎ便を逃し、4時間ちょっと空港で待つことに。。
移動に関してはこのように結構ひどいものでしたが、日本滞在自体はとても楽しい時間となりました。
次の記事では、小沖縄のような愛知の島、佐久島散策や、その他もろもろのお出かけについて書きたいと思います♪
日本に着いてまず驚いたのがその湿気!!
外に出るだけでお肌がじっとり、髪もペッタリ・・・
出発前から、日本は暑いから覚悟して来てねー、と数人の友達に言われていたのですが正にその通り。
夏に帰国するのが久しぶりだったのですっかりそのジメジメ感を忘れていました。
今回の帰国のメインの目的が、生まれてまだ二ヶ月も経たない甥っ子を見ること。
写真ではよく見ていたけれど、やっぱり実物を見るとかわい~。

まだ寝ているばかりで、お腹が空いたら泣いてミルクをもらい、また寝る。 寝ていても顔をくしゃっとさせたり手をぐぅ~と伸ばしてみたり、ニヤっと笑ってみたり。 そんな繰り返しですが見ていて全然飽きないので近くに寄ってじ~っと眺める。 でもなかなかその座をもらえません。。
何故かというと、さらにメロメロになっているじいじとばあばがその場所を陣取っているから。
でも、そんな嬉しそうな両親の様子や、父となって我が子をお風呂に入れている姿の兄を見るとなんだかこみ上げるものがありました。
基本的に友達の家に行ったりどこかで待ち合わせをしたり、ということが多かったのですが、少し足を伸ばして長良川の鵜飼を見に行ってきました。
まだ暗くならないうちに船で出発。

船には30人くらいのお客さんが乗っていました。

船の中には食べ物を持ち込んだり頼んだお弁当で宴会♪
この日はとても暑くジメジメしていたので船に入ってくる風がとても心地よかったです。
岐阜城も途中眺めながらゆらゆらと。

定位置につき鵜飼が始まるのを待っていると、どこからともなく盆踊り風の音楽が。

ふと見てみると踊り子さんたちを乗せた船がやってきて踊りを披露してくれました。
何とも風情溢れていい感じ。
近くにいたおじちゃん達はあの船に一緒に乗りたかったなあ、なんて言っていましたが(笑)
しばらく待った後、始まりの合図の花火が打ち上げられ、鵜匠さんたちが船に乗って鵜を引き連れてやってきます。

沢山の紐につながれた鵜達を自在に操り鮎を釣るわけですが、鵜は一瞬にして鮎をしとめるのでとても新鮮な鮎を獲ることができるのだそうです。
鮎は紐でつながれていますがぎゅっと全部締められているわけではなく、鵜にも少し獲った小さな魚が入るように少し余裕を持って締められているそうです。 ただ、本当の鵜達の食事はこの大仕事の後にご褒美として鵜匠さんたちからいただけます。
鵜は次々に鮎を捕まえ、それを鵜匠さんが引き上げ口から出させるのですが、その仕事の素早いこと。
この鵜飼には、鵜匠さんと鵜達の信頼関係がとっても大事だそうです。

いいものを見させていただき、日本の夏を堪能した気分になりました。
本当はもっと書きたいことがあるのですがまた次の記事に書きます。
というのも、まだ時差ぼけや疲れが抜けず頭がボーっとしているのです。
今回の旅は結構散々なものでした。
行きはすでに風邪っぴきの状態で飛行機に乗ったので、機内で航空性中耳炎になってしまったのです。
これは以前飛行機で仕事をしていた時に一度なり、それでもどうしても基地に戻るためにあと一便飛びたかったので、耳鼻科で鼓膜に穴を開けてもらい何とか飛んだこともありました。
上空ではあまり痛くはないのですが、降下中に耳や頭にものすごい激痛が走ります。
頭を抱えずにはいられないくらい。
風邪を引いていたり鼻が詰まっていると空気の通り道がなくなり、その状態で飛行機に乗ると気圧の変化でこの航空性中耳炎になりやすいのですが、今回まさかなるとは思っておらず、かなりしんどい思いをしました。。
そして日本到着後は今までの疲れが一気に出たのか胃を壊し、日本食を食べるのを心待ちにしていたのに2日くらいは胃が痛すぎてあまり食べられずなんだかゲッソリ・・・ (それでもかなり無理やり食べていた方だと思いますが。)
帰りは帰りで便の遅れのせいで乗り継ぎ便を逃し、4時間ちょっと空港で待つことに。。
移動に関してはこのように結構ひどいものでしたが、日本滞在自体はとても楽しい時間となりました。
次の記事では、小沖縄のような愛知の島、佐久島散策や、その他もろもろのお出かけについて書きたいと思います♪
2010年11月20日土曜日
ふるき良き日本~4~ 京都編
感動の景色に出会えた広島を後にし、さらに北上し京都にやってまいりました。
残念ながら、京都で義母が疲れからか体調を崩しホテルで休んでいることになったので、観光は義父、夫、私の三人でした。
この旅行を計画した頃は、ちょうど紅葉のきれいな景色を見せてあげられるかなあ、と思っていたのですが、今年の紅葉は遅め、という話を聞き、ガックシ・・・
でも、京都は少し紅葉が始まっており、繊細な色の移ろいがとてもきれいでそれはそれで喜んでもらえたようです。

イタリアにもかえではあるのですが種類が異なり、葉の大きさが一般的にもっと大きいので、日本のもみじの方が繊細で美しく見えます。

清水寺は相変わらずすごい人!

お寺の下の庭園を歩いていると、木々一つ一つの前に木の棒が建てられており、そこにその木を植えた方の名前が書かれていたのですが、その様子や数の多さに夫も義父も驚いていました。

金閣寺。

この、水面に反射する世界と本当の世界のコントラスト、いつ見ても好きです。

お庭でほっこりお抹茶とお菓子をいただきました。
そして、義父のお気に入りとなったのが銀閣寺。

金閣寺とは全く対照的で、その簡素で気品溢れると雰囲気が私も他のお寺に比べてすきなのですが、義父もここは特に気に入っており、瞑想にとてもよさそう、と言っていました。

砂が織り成す庭、とてもきれいですね。

今回夫と義父母と日本にきて、私も改めて強く感じたことがあります。

日本人が自然を愛する心、日本人が自然と一体となって生活していることを、今回の旅で改めて感じました。
日本に住んでいた頃は普通 だったけれど、日本人って自然の中に溶け込んで生きていて、だからこそ木々や花々がとても生き生きしている気がするのです。
イタリアはというと、自然はきれいだし、みんな良い景色を見に行くのだって大好きです。
でも、やっぱり日本人のように、自然と調和 して生きているか、というとやっぱり少し違うな、と思うのです。
こちらに来て年月が経てば経つほど、特に秋・春は日本に想いをはせること が多く、春は桜、秋は紅葉が見たくなります。
自然災害が多い日本では、昔から自然の神を崇め自然災害も受け入れ共存してきたからなのか、人が自然と共に生きている、という感覚がとても大きいのかもしれません。
今回、イタリア人と一緒に歩いて違った視線で見ることで改めて気づけた嬉しい視点でした。

彼ら親子も、歩きながら立ち止まってはそういったことばかりを話していました。
そして、京都の後は最後の町、東京です。
今回の旅はとにかくフラフラと色々な町を周っていたので、ほとんど友達には会えなかったのですが、可能な場所でのみほんの少しの時間だけでも友達に会うことができました。
そのうち、東京で会った友達の中に、結婚式を一週間後に控えた子がいたのですが、本当に幸せに満ち溢れていてキラキラとした雰囲気が漂っていました。
ほんの少しの時間でもこうやって友達に会えると、無意識のうちにイタリアで歯を食いしばっている部分があるのか、心の糸がゆるゆるっと解けていくのを感じます。
そんな存在があることに心から感謝です。
そして、今回の帰国でとても感動したことがあります。
実家滞在最後の日、私の両親と義父母のお別れのときに、ふと父が義父母に向かって何かを言ったのです。
へ??!?
みんな一瞬目が点。。
あれ? 今のってイタリア語じゃなかった?
う~ん、でもまさか。。
なんて思っているとまた同じことを繰り返す父。
イタリア語だ!
いくつかの言葉がはっきり分からなかったのですが、少しの私の通訳と共に義父母に父の気持ちは伝わりました。
私も分からなかった部分を、あれ、なんて言ったの?? と後で聞いてみたら、
figlia (フィッリア) を ’ フリージャ ’ と間違えて言っていたそう(笑)
そして最後も、Ci vediamo~! (また会いましょ~!)と言っていました。
全く私にはそんなことは言っていなかったのですが、母によると、毎日車の中ではイタリア語のCDを聞いたそうな。
父が言っていた文、結構長かったな。
きっと、口に出して、何度も練習したんだろうな。
そんなことを思うと、胸に熱いものがこみ上げてきました。
通訳を通してではなく、自分のイタリア語で伝えようとしてくれた、その気持ちがとても嬉しかったです。
今回の旅、実際疲れた時も多々あったけれど、家族同士の時間を沢山持てたこと、そして、遠いところから私の生まれ育った国を見にきてくれた義父母に、心から感謝しています。
ちなみに義母は、日本食のヘルシーさに感動し、これはやっぱりイタリアに帰ったら再度、マクロビオティックを再開すべきだわ!(大分昔、4年ほどマクロビオティックを実践し、美味しくない!と家族に大反対されて泣く泣くやめた経験あり)と張り切っていました。
義父と夫は苦笑いをしていましたが・・・(笑)
残念ながら、京都で義母が疲れからか体調を崩しホテルで休んでいることになったので、観光は義父、夫、私の三人でした。
この旅行を計画した頃は、ちょうど紅葉のきれいな景色を見せてあげられるかなあ、と思っていたのですが、今年の紅葉は遅め、という話を聞き、ガックシ・・・
でも、京都は少し紅葉が始まっており、繊細な色の移ろいがとてもきれいでそれはそれで喜んでもらえたようです。

イタリアにもかえではあるのですが種類が異なり、葉の大きさが一般的にもっと大きいので、日本のもみじの方が繊細で美しく見えます。

清水寺は相変わらずすごい人!

お寺の下の庭園を歩いていると、木々一つ一つの前に木の棒が建てられており、そこにその木を植えた方の名前が書かれていたのですが、その様子や数の多さに夫も義父も驚いていました。

金閣寺。

この、水面に反射する世界と本当の世界のコントラスト、いつ見ても好きです。

お庭でほっこりお抹茶とお菓子をいただきました。
そして、義父のお気に入りとなったのが銀閣寺。

金閣寺とは全く対照的で、その簡素で気品溢れると雰囲気が私も他のお寺に比べてすきなのですが、義父もここは特に気に入っており、瞑想にとてもよさそう、と言っていました。

砂が織り成す庭、とてもきれいですね。

今回夫と義父母と日本にきて、私も改めて強く感じたことがあります。

日本人が自然を愛する心、日本人が自然と一体となって生活していることを、今回の旅で改めて感じました。
日本に住んでいた頃は普通 だったけれど、日本人って自然の中に溶け込んで生きていて、だからこそ木々や花々がとても生き生きしている気がするのです。
イタリアはというと、自然はきれいだし、みんな良い景色を見に行くのだって大好きです。
でも、やっぱり日本人のように、自然と調和 して生きているか、というとやっぱり少し違うな、と思うのです。
こちらに来て年月が経てば経つほど、特に秋・春は日本に想いをはせること が多く、春は桜、秋は紅葉が見たくなります。
自然災害が多い日本では、昔から自然の神を崇め自然災害も受け入れ共存してきたからなのか、人が自然と共に生きている、という感覚がとても大きいのかもしれません。
今回、イタリア人と一緒に歩いて違った視線で見ることで改めて気づけた嬉しい視点でした。

彼ら親子も、歩きながら立ち止まってはそういったことばかりを話していました。
そして、京都の後は最後の町、東京です。
今回の旅はとにかくフラフラと色々な町を周っていたので、ほとんど友達には会えなかったのですが、可能な場所でのみほんの少しの時間だけでも友達に会うことができました。
そのうち、東京で会った友達の中に、結婚式を一週間後に控えた子がいたのですが、本当に幸せに満ち溢れていてキラキラとした雰囲気が漂っていました。
ほんの少しの時間でもこうやって友達に会えると、無意識のうちにイタリアで歯を食いしばっている部分があるのか、心の糸がゆるゆるっと解けていくのを感じます。
そんな存在があることに心から感謝です。
そして、今回の帰国でとても感動したことがあります。
実家滞在最後の日、私の両親と義父母のお別れのときに、ふと父が義父母に向かって何かを言ったのです。
へ??!?
みんな一瞬目が点。。
あれ? 今のってイタリア語じゃなかった?
う~ん、でもまさか。。
なんて思っているとまた同じことを繰り返す父。
イタリア語だ!
いくつかの言葉がはっきり分からなかったのですが、少しの私の通訳と共に義父母に父の気持ちは伝わりました。
私も分からなかった部分を、あれ、なんて言ったの?? と後で聞いてみたら、
figlia (フィッリア) を ’ フリージャ ’ と間違えて言っていたそう(笑)
そして最後も、Ci vediamo~! (また会いましょ~!)と言っていました。
全く私にはそんなことは言っていなかったのですが、母によると、毎日車の中ではイタリア語のCDを聞いたそうな。
父が言っていた文、結構長かったな。
きっと、口に出して、何度も練習したんだろうな。
そんなことを思うと、胸に熱いものがこみ上げてきました。
通訳を通してではなく、自分のイタリア語で伝えようとしてくれた、その気持ちがとても嬉しかったです。
今回の旅、実際疲れた時も多々あったけれど、家族同士の時間を沢山持てたこと、そして、遠いところから私の生まれ育った国を見にきてくれた義父母に、心から感謝しています。
ちなみに義母は、日本食のヘルシーさに感動し、これはやっぱりイタリアに帰ったら再度、マクロビオティックを再開すべきだわ!(大分昔、4年ほどマクロビオティックを実践し、美味しくない!と家族に大反対されて泣く泣くやめた経験あり)と張り切っていました。
義父と夫は苦笑いをしていましたが・・・(笑)
2010年11月13日土曜日
ふるき良き日本~2~
長崎を出て、電車に乗ってコトコトと。

きれいな海を眺めながら、着いた先は尾道です。
広島駅に着いたのがすでにお昼1時頃。
まずは友達に教えてもらった美味しいお好み焼きのお店、’ みっちゃん ’ で早速お好み焼きを食べ、その後尾道まで、更に電車で約一時間半くらいだったかな。
尾道駅に着いて改札を出てみると、とてものんびりとした町並みが私達を迎えてくれました。
泊まる旅館が千光寺近くなので、まずはロープウェイに乗ってグングン登っていきます。

ロープウェイからの景色がとてもきれい。

着いたところは千光寺公園となっていて、そこにある展望台からの眺めに息を呑みました。

ちょうど夕暮れに差し掛かっており、みるみる内に空の色が赤く染まっていくのですが、瀬戸内海の島々が重なる景色がとても美しく、心に染み入る景色でした。

やわらかい空気感、穏やかな空の色、静かに佇む島々に、本当の日本の美を見た気がします。
旅館は千光寺山荘、とその名の通り千光寺のすぐ近く。

部屋からは瀬戸内海が見渡せます。

夜町に出てみると、偶然にもお祭りがやっていました。
それも結構な規模のもので、町の人たちが総勢で参加している様子で歩くこともできないくらい道が混みこみ。
でもみんなとっても楽しそう。

尾道にいる間常に感じていたことが、町の人々がみんな親切で幸せそうということ。

目が合えばにこっとしてくれるし、道を聞けば笑顔で丁寧に返してくれる、道を歩いていると道沿いの家の植木を切っている人が気遣って ’ お邪魔しますね~ ’ と逆に声をかけてくれる。
コンビニなんて私が歩いた限りでは見つからなかったし、坂も多くてお年寄りには大変な町かもしれず、決して便利と言える町ではないけれど、みんなが幸せそうに暮らしている姿が印象的で、一気にこの町の大ファンになってしまいました。
朝起きたらすぐに大浴場に行き、湯船につかりながら朝日を眺めることができました。

千光寺周辺には ’ 文学のこみち ’ があり、趣があります。
昔、文学者達がこのきれいな景色や町を眺めながら作品を残していったのでしょう。

尾道は至るところが坂道で、上りも下りも大変なのですが、そんな中キラキラした瀬戸内海がフッと現れたりすると疲れも一気に吹っ飛びます。

千光寺の三十三観音堂には、桜木でできた珠の連なりがあり、これをゆっくりと、お願い事を心に引いていくと、コロン コロン という音が響き、この音と共に苦しみを遠のけ幸せを運んでくれる、とのことです。

このコロンコロン がかわいくてついしばらく居座ってしまいました。
少し奥に行くと、夫婦岩、なるものがあります。


よおく見てみると、下にちぃちゃなお地蔵さんがたくさん!

たまたまよさそうな旅館を見つけた、ということで少し広島市内から遠いながらも尾道を宿泊の場に選んだわけですが、それが大正解!
こんなにきれいな景色、温かいふるき良き日本に出会えるとは思っていませんでした。
また戻ってきたい場所の一つとなりました。

ちなみに、この日は義父母とも元々同じ旅館に泊まる予定だったのですが、色々とあり急きょ義父母は広島市内に泊まることとなり、尾道は私達二人だけで宿泊となりました。
この、日本らしい景色を見てもらえなかったのが残念ですが、私達が尾道に向かっている間、義父母達は広島の原爆記念館を見にいったらしく、とても感銘を受けていた様子。
夫は夫で尾道をとても気に入り、朝の弱い彼にしては珍しく、朝6時に起き、張り切ってお風呂に入りに行っていました。
さて、次は島全体が神、と呼ばれ拝められてきたあの島です♪

きれいな海を眺めながら、着いた先は尾道です。
広島駅に着いたのがすでにお昼1時頃。
まずは友達に教えてもらった美味しいお好み焼きのお店、’ みっちゃん ’ で早速お好み焼きを食べ、その後尾道まで、更に電車で約一時間半くらいだったかな。
尾道駅に着いて改札を出てみると、とてものんびりとした町並みが私達を迎えてくれました。
泊まる旅館が千光寺近くなので、まずはロープウェイに乗ってグングン登っていきます。

ロープウェイからの景色がとてもきれい。

着いたところは千光寺公園となっていて、そこにある展望台からの眺めに息を呑みました。

ちょうど夕暮れに差し掛かっており、みるみる内に空の色が赤く染まっていくのですが、瀬戸内海の島々が重なる景色がとても美しく、心に染み入る景色でした。

やわらかい空気感、穏やかな空の色、静かに佇む島々に、本当の日本の美を見た気がします。
旅館は千光寺山荘、とその名の通り千光寺のすぐ近く。

部屋からは瀬戸内海が見渡せます。

夜町に出てみると、偶然にもお祭りがやっていました。
それも結構な規模のもので、町の人たちが総勢で参加している様子で歩くこともできないくらい道が混みこみ。
でもみんなとっても楽しそう。

尾道にいる間常に感じていたことが、町の人々がみんな親切で幸せそうということ。

目が合えばにこっとしてくれるし、道を聞けば笑顔で丁寧に返してくれる、道を歩いていると道沿いの家の植木を切っている人が気遣って ’ お邪魔しますね~ ’ と逆に声をかけてくれる。
コンビニなんて私が歩いた限りでは見つからなかったし、坂も多くてお年寄りには大変な町かもしれず、決して便利と言える町ではないけれど、みんなが幸せそうに暮らしている姿が印象的で、一気にこの町の大ファンになってしまいました。
朝起きたらすぐに大浴場に行き、湯船につかりながら朝日を眺めることができました。

千光寺周辺には ’ 文学のこみち ’ があり、趣があります。
昔、文学者達がこのきれいな景色や町を眺めながら作品を残していったのでしょう。

尾道は至るところが坂道で、上りも下りも大変なのですが、そんな中キラキラした瀬戸内海がフッと現れたりすると疲れも一気に吹っ飛びます。

千光寺の三十三観音堂には、桜木でできた珠の連なりがあり、これをゆっくりと、お願い事を心に引いていくと、コロン コロン という音が響き、この音と共に苦しみを遠のけ幸せを運んでくれる、とのことです。

このコロンコロン がかわいくてついしばらく居座ってしまいました。
少し奥に行くと、夫婦岩、なるものがあります。


よおく見てみると、下にちぃちゃなお地蔵さんがたくさん!

たまたまよさそうな旅館を見つけた、ということで少し広島市内から遠いながらも尾道を宿泊の場に選んだわけですが、それが大正解!
こんなにきれいな景色、温かいふるき良き日本に出会えるとは思っていませんでした。
また戻ってきたい場所の一つとなりました。

ちなみに、この日は義父母とも元々同じ旅館に泊まる予定だったのですが、色々とあり急きょ義父母は広島市内に泊まることとなり、尾道は私達二人だけで宿泊となりました。
この、日本らしい景色を見てもらえなかったのが残念ですが、私達が尾道に向かっている間、義父母達は広島の原爆記念館を見にいったらしく、とても感銘を受けていた様子。
夫は夫で尾道をとても気に入り、朝の弱い彼にしては珍しく、朝6時に起き、張り切ってお風呂に入りに行っていました。
さて、次は島全体が神、と呼ばれ拝められてきたあの島です♪
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