狸界にてその名を轟かせていたもののある日人間達が行うかの恐ろしい金曜倶楽部で狸鍋にされて食べられてしまった父・総次郎。
宝塚に夢中、美男子に化けビリヤード場で遊びに興じるものの苦手な雷がなればすぐに尻尾を出してしまう母。
父の跡を継ごうと意気込むもののなぜだか空回りの多いまじめな長男・矢一郎。
父の死をきっかけにもう息をするのも面倒くさい、と言って蛙になり、そのまま狸に戻れなくなってしまい井戸の下で人々、狸達の相談、愚痴を聞く次男・矢二郎。
恋にうつつを抜かし落ちぶれた天狗の面倒を見つつ、面白きことは良きこと なり!といいながら、面白く生きることに関しては誰よりも秀でた三男・矢三朗。
充電ができるようになったもののちょっとしたことで恐れおののき化けの皮を剥がしてしまう4男・矢四朗。
こんなちょっとへなちょこ家族が、一族の誇りをかけて宿敵夷川家が仕掛けてくる意地悪と戦いつつ、人間、天狗達にもまれながら奮闘する様子を描いた物語。 亡き父の元に硬く結束された家族は再び平和を取り戻すことができるのか。
友人がイタリアに来たときにお勧めと言って持ってきてくれた本に、森見登見彦さんの ’ 有頂天家族’ があります。
これをやっと手にしここ数日で読み終えたのですが、それは私のこの数日間をとても幸せな気分にしてくれる読書でした。
なぜって、全くもって狸の世界に浸っていたから。
狸の世界、そんなことは考えたことはなかったけれど、森見さんが描くその世界は滑稽で、でもとてもキラキラしていてユーモアが溢れ、悲しみも喜びも人間と同じ。
読み終わったときになぜだか、大分昔に浅田次郎さんのプリズンホテルを読んだときの心がフワッと温かくなる感覚を思い出しました。
笑いあり、悲しみあり、でも最後には、’ 阿呆の血のしからしむるところだ ’ とまた狸が笑い飛ばしてくれる。
読み終わり、もう終わってしまったのか、と一抹の寂しさを感じるものの、どうやら友人によると年内にまた続編が出るという話なのでこれは絶対読むしかない狸シリーズ。
狸が大好きになりました。
ちょっとした文学メモでした。
2011年3月2日水曜日
2011年1月26日水曜日
文学メモ。
かなりの間、読まなくてはいけない本に追われて読みたい本がなかなか読めない、という悲しい状態が続いているのですが、そんな中でもとても良い本に出会いました。
Beppe Fenoglio (ベッペ・フェノッリオ)のLa Malora (破綻)。



第一次大戦が終わった頃からイタリアでは、現実をそのまま映し出すレアリズムの動きが始まり、その動きは戦後、ファシズム政権による文学の制限が解かれ、戦争の間に起こったこと、貧しい農村の生活、パルチザンの経験をそのまま描写するネオ・レアリズムが台頭します。
しかし、この時期出版される本はネオ・レアリズムが求める要素で構成されていることが求められます
。
そんな中、ベッペ・フェノッリオはLa Maloraを、当時勢力を増していた出版社Einaudiに送り、1954年に出版されることとなります。
ちなみにこの本は教科書などではネオ・レアリズムの中に入れられていますが、実際は、設定された時代が著者が生きた時代よりも50年ほど前であり著者が証人となりえないこと、作品は人生の断面を描いたに過ぎずネオ・レアリズムが求める、全てを忠実に再現する、という要素にかけているという理由を元に、当時出版社Einaudiの責任者であったイタロ・カルヴィーノ、エリオ・ヴィットリーニに、同作はネオ・レアリズムに入らず、自然主義の域にとどまる、と一決されている。
ランゲの丘の中でも特に貧しい地域の農家に生まれた少年、アゴスティーノが自身の三年間の奉公の経験を綴るのですが、その中には家族の絆の強さ、もろさ、権力社会への批判、空腹・・・ など、彼がその間に見たこと、感じたことが語られます。
しかし、この貧しい生活、父の死、弟の死の切迫、17歳で奉公に出ざるをえないという絶望的とも言える状況の中で、彼は諦め、人生が彼に差し出すものを全て受け入れることを学ぶ。
その諦めは決して弱い人間の諦めではなく、全てを悟った人間の諦め。
この作品を読むと、当時のランゲの丘の人たちの生活をまるで自分の目で見たかのような錯覚に陥ります。 貧しい農村の生活を背景にしながらも、主人公の前向きな人柄が作品に光を当ててくれます。
探してみたのですが、残念ながら恐らく日本語訳は今のところなさそうで、ネット上で翻訳をされている方はいらっしゃるようです。
ちょっとした文学メモでした。
Beppe Fenoglio (ベッペ・フェノッリオ)のLa Malora (破綻)。



第一次大戦が終わった頃からイタリアでは、現実をそのまま映し出すレアリズムの動きが始まり、その動きは戦後、ファシズム政権による文学の制限が解かれ、戦争の間に起こったこと、貧しい農村の生活、パルチザンの経験をそのまま描写するネオ・レアリズムが台頭します。
しかし、この時期出版される本はネオ・レアリズムが求める要素で構成されていることが求められます
。
そんな中、ベッペ・フェノッリオはLa Maloraを、当時勢力を増していた出版社Einaudiに送り、1954年に出版されることとなります。
ちなみにこの本は教科書などではネオ・レアリズムの中に入れられていますが、実際は、設定された時代が著者が生きた時代よりも50年ほど前であり著者が証人となりえないこと、作品は人生の断面を描いたに過ぎずネオ・レアリズムが求める、全てを忠実に再現する、という要素にかけているという理由を元に、当時出版社Einaudiの責任者であったイタロ・カルヴィーノ、エリオ・ヴィットリーニに、同作はネオ・レアリズムに入らず、自然主義の域にとどまる、と一決されている。
ランゲの丘の中でも特に貧しい地域の農家に生まれた少年、アゴスティーノが自身の三年間の奉公の経験を綴るのですが、その中には家族の絆の強さ、もろさ、権力社会への批判、空腹・・・ など、彼がその間に見たこと、感じたことが語られます。
しかし、この貧しい生活、父の死、弟の死の切迫、17歳で奉公に出ざるをえないという絶望的とも言える状況の中で、彼は諦め、人生が彼に差し出すものを全て受け入れることを学ぶ。
その諦めは決して弱い人間の諦めではなく、全てを悟った人間の諦め。
この作品を読むと、当時のランゲの丘の人たちの生活をまるで自分の目で見たかのような錯覚に陥ります。 貧しい農村の生活を背景にしながらも、主人公の前向きな人柄が作品に光を当ててくれます。
探してみたのですが、残念ながら恐らく日本語訳は今のところなさそうで、ネット上で翻訳をされている方はいらっしゃるようです。
ちょっとした文学メモでした。
2010年3月12日金曜日
イタリア語のこと。
3月8日はFesta della donnna という女性の日。
この日はイタリアでは男性が女性にミモザの花を贈る習慣があります。
町ではミモザを売る人たちをよくみかけました。
夫はこの日は仕事の後にジムに行く日だったので、帰りも遅くなるため特に何も期待していなかったのですが、ジムを出たとの連絡があった後、やけに遅いなーと思っていたら、どうやらジェラート屋さんに行ってくれていたようです。
しかし・・・ 近所のジェラート屋さんが閉まっていたので少し離れた違うジェラート屋さんに行きました。
しかし・・・ そこもどうやら閉まっていたようで、うろうろと近くの開いているところを探して、最後にCaffe mulassanoでいくつかのドルチェを買ってきてくれました。
そんなこんなで帰ってきたのは夜の12時近くでしたが、それでも少しいただいちゃいました。

気持ちがとてもうれしかったです。
最近、大学でイタリア語の授業もあったり、イタリア古典の授業があったりでイタリア語についてよく考えます。
最初は覚えることでいっぱいいっぱいであまり深くは考えなかったのですが、深く知れば知るほど面白い言語だなあ、と。
もともとイタリアではイタリア語は存在せず、各地がそれぞれの言語を話していました。
それが、イタリア人共通の言語を形成しようという文化活動が少しづつ始まり、イタリアルネッサンスにおいては、ダンテはトスカーナ方言を中核に執筆したものの、その後それが公用語となるまでは多くの年月を必要としました。
後に、様々な論争や活動がありつつ最終的に19世紀のリソルジメントにおいてその勢いは増し、トスカーナ方言をベースにしたイタリア人皆が共通して話す標準語、つまりイタリア語が作られ、アレッサンドロ・マンゾーニは、名作 ’ 婚約者 ’ をトスカーナ方言にて執筆し、イタリア語を文学において確立したといわれています。
そのため、この ’ 婚約者 ’ は読むべき作品とされ学校でも勉強をしなくてはいけないのでイタリアでは一家に一冊といった感じです。
というわけで、現在はイタリアではイタリア語が話されているわけですが、でもやはり方言は根強く、今でも地方により様々な方言やアクセントがあり、ピエモンテ州に住んでいながらピエモンテ方言を聞いても理解するのは難しいくらいです。
ちなみに、ピエモンテーゼといわれるこのあたりの方言はフランス語に少し似ていて、例えば、イタリア語のLavorare(ラヴォラーレ 働く) はピエモンテーゼでは ’ トラヴァイエー ’ で、それはフランス語のTravailler(トラヴァイエー 働く) ととても似ています。
他にも、イタリア語のCamminare(カンミナーレ 歩く) はピエモンテーゼでは ’ マルシェー ’ と、フランス語の Marcher (マルチェ 歩く) とこれも似ています。
そして地域によって異なるのは言葉遣いやアクセントだけではなく、文法も変わってきます。
例えばここ北イタリアでは普通の過去形は、Passato Prossimo (近過去)を主に使いますが、南の方ではほんの少し前のことなのに、Passato remoto(遠過去)を使うようです。
つまり、 ’ 映画に行きました ’ と言うとき、
北イタリア → Sono andato al cinema.
南部 → Andai al cinema.
と、こうも大きく変わってくるのです。
このあたりでは口語ではほとんどPassato remotoなんて使わず本で見るくらいなのでいざ使おうとすると私は使えなさそうです。。
私はずっとトリノにいるので自分の発音にトリノなまりがあるかどうかわかりませんが、あったらあったで面白いので、そのうち他の地方からの友達か旅行に行った時にその土地の人などに聞いてみたいものです。
この日はイタリアでは男性が女性にミモザの花を贈る習慣があります。
町ではミモザを売る人たちをよくみかけました。
夫はこの日は仕事の後にジムに行く日だったので、帰りも遅くなるため特に何も期待していなかったのですが、ジムを出たとの連絡があった後、やけに遅いなーと思っていたら、どうやらジェラート屋さんに行ってくれていたようです。
しかし・・・ 近所のジェラート屋さんが閉まっていたので少し離れた違うジェラート屋さんに行きました。
しかし・・・ そこもどうやら閉まっていたようで、うろうろと近くの開いているところを探して、最後にCaffe mulassanoでいくつかのドルチェを買ってきてくれました。
そんなこんなで帰ってきたのは夜の12時近くでしたが、それでも少しいただいちゃいました。
気持ちがとてもうれしかったです。
最近、大学でイタリア語の授業もあったり、イタリア古典の授業があったりでイタリア語についてよく考えます。
最初は覚えることでいっぱいいっぱいであまり深くは考えなかったのですが、深く知れば知るほど面白い言語だなあ、と。
もともとイタリアではイタリア語は存在せず、各地がそれぞれの言語を話していました。
それが、イタリア人共通の言語を形成しようという文化活動が少しづつ始まり、イタリアルネッサンスにおいては、ダンテはトスカーナ方言を中核に執筆したものの、その後それが公用語となるまでは多くの年月を必要としました。
後に、様々な論争や活動がありつつ最終的に19世紀のリソルジメントにおいてその勢いは増し、トスカーナ方言をベースにしたイタリア人皆が共通して話す標準語、つまりイタリア語が作られ、アレッサンドロ・マンゾーニは、名作 ’ 婚約者 ’ をトスカーナ方言にて執筆し、イタリア語を文学において確立したといわれています。
そのため、この ’ 婚約者 ’ は読むべき作品とされ学校でも勉強をしなくてはいけないのでイタリアでは一家に一冊といった感じです。
というわけで、現在はイタリアではイタリア語が話されているわけですが、でもやはり方言は根強く、今でも地方により様々な方言やアクセントがあり、ピエモンテ州に住んでいながらピエモンテ方言を聞いても理解するのは難しいくらいです。
ちなみに、ピエモンテーゼといわれるこのあたりの方言はフランス語に少し似ていて、例えば、イタリア語のLavorare(ラヴォラーレ 働く) はピエモンテーゼでは ’ トラヴァイエー ’ で、それはフランス語のTravailler(トラヴァイエー 働く) ととても似ています。
他にも、イタリア語のCamminare(カンミナーレ 歩く) はピエモンテーゼでは ’ マルシェー ’ と、フランス語の Marcher (マルチェ 歩く) とこれも似ています。
そして地域によって異なるのは言葉遣いやアクセントだけではなく、文法も変わってきます。
例えばここ北イタリアでは普通の過去形は、Passato Prossimo (近過去)を主に使いますが、南の方ではほんの少し前のことなのに、Passato remoto(遠過去)を使うようです。
つまり、 ’ 映画に行きました ’ と言うとき、
北イタリア → Sono andato al cinema.
南部 → Andai al cinema.
と、こうも大きく変わってくるのです。
このあたりでは口語ではほとんどPassato remotoなんて使わず本で見るくらいなのでいざ使おうとすると私は使えなさそうです。。
私はずっとトリノにいるので自分の発音にトリノなまりがあるかどうかわかりませんが、あったらあったで面白いので、そのうち他の地方からの友達か旅行に行った時にその土地の人などに聞いてみたいものです。
2009年9月3日木曜日
二年越し、トリノでの再会。
今日はとても嬉しい出来事がありました。
ちょうど二年前、トリノに到着したばかりでイタリア語が全く分からなかった頃、ある語学学校に一ヶ月だけ通いました。
一ヶ月という短い期間だったのにも関わらず、素敵な方々に出会い、とても充実した時期だったのを覚えています。
その出会いの中で、今の私にもとても大きな影響を与えたものが、ある方との出会い。
大分前にもブログに書いたことがありますが、その方は普段は日本で働かれながら、文学活動をされており、本も出版されています。
中でもその方が特に熱心に研究されているのが、イタリアの900年代を代表する作家、イタロ・カルヴィーノ。
トリノに住んでいたイタロカルヴィーノの軌跡を追い、その方は以前もしばしばトリノを訪れていらしたようです。
二年前は一緒に、カルヴィーノが住んでいたというアパートにも訪れました。
今日はその方がトリノにいらっしゃっていて、久しぶりにお会いすることができたのです。
待ち合わせは、その方がいつも滞在される HOTEL ROMAのロビー。

チェーザレ・パヴェーゼが自ら命を絶った場所でもあります。
こちらも900年代に活躍した作家。
日本に帰国した際もわざわざ会う機会を作ってくださったのですが、出会った地、トリノで会うのは二年ぶり。
そして、もちろんお会いできること事態とても嬉しかったのですが、何よりも特別に嬉しかったのがあるニュース。
去年、その方はトリノ大学のある教授の講義がどうしても受けたく、試験に試みようとされたのですが、色々な事情があり延期されました。
ところが今年、無事に入学の試験を突破され、兼ねてから望まれていた講義を受けられることになったのです。
ちょうど昨日そのニュースを知り、私も嬉しくて仕方がありませんでした。
そしてその嬉しいニュースと共に現れたその方の笑顔はとても澄んでいて、生き生きとされていました。
思えば今まで、勉強に関してモチベーションが下がりかける度に、その方のお話を伺ったり、作品を読ませていただいたり、嬉しいニュースを聞いたりすることで、改めて勉強の楽しさを再確認していた気がします。
その方の様子を見ているといつも、人間って好きなことに触れている時が一番輝いているんだな、と心から思います。
そして例外なく今回も、新たな刺激を受けて家路へとつきました。
私ももうすぐ大学三年目へと突入してしまいます。
色々と遅れを考えると少しゾッとしてしまいますが(笑)、何よりこれからも楽しく学んでいけたらいいと思っています。
2009年8月25日火曜日
ほのかな秋。
昨日あたりから朝晩が急に涼しくなり、少しばかり秋を感じるようになりました。

暑くて嫌だ嫌だと言っていても、いざ涼しくなってしまうとそんな暑さも恋しくなってしまう。
そんなものなのかもしれませんね。
やはり先週末は予想通り、イチジクが大分熟していたので、イチジク狩りとなりました。

イチジクまみれになりながら、最終的にはこの写真の入れ物一杯と他にも一袋採りました~。
採ったイチジクはすぐに火にかけ保存用にします。
これで年中美味しいイチジクを味わえます♪
カボチャも大分育って大きくなっていました。

そしてこれは最近のお気に入りの一品。

パプリカを丁寧にじっくりとオーブンで焼き、皮をむきます。
リコッタチーズ、ツナ、アンチョビ、パセリを混ぜたソースを中に入れ、グルグルっと巻いて、上からパセリをかけ、更にもう少しオーブンで焼いて出来上がり。
パプリカの甘さがたまりません。
さて、最近一冊の本を読み終えたので、少しだけご紹介します。
一冊まるまるイタリア語で読むのは私にはまだまだ忍耐と労力が必要。
何度も分からなくなり、最初からもう一度、と繰り返し読み返したりして、やっと読み終えた本。
’ 愛その他の悪霊について ’ ガブリエル ガルシア=マルケス 著
すごいタイトル!
とお思いになったかもしれませんが、私も始めは何だこのタイトル?と思いました。
なのに何故読もうと思ったかというのは単純な動機で、知り合いに勧められたのと、 ’ コレラの時代の愛 ’ で有名な彼の他の作品に触れてみたかったこと。
多分、勧められなかったら手にとらなかったかもしれないなあ、という少しばかり重めのタイトルですが、実際内容も不条理な部分が多く、スッキリとは読み終えられないもの。
公爵家に生まれた少女、シエルバ・マリアは両親に疎まれ、奴隷達の中で育てられ、その環境の故、アフリカの言葉を操り、呪術を使うようになる。
内面は黒人でありながら、外見は白い肌、青い瞳を持つ彼女。
シエルバ・マリアが12歳の誕生日の日、狂犬病の犬に噛まれ、発病を恐れた父は彼女を修道院に入れ、そこでは悪魔に取り付かれているという理由で監禁されることに。
悪魔祓いのために派遣された神父カエターノは、シエルバ・マリアが夢で見た少女と瓜二つであったことに衝撃を受ける。
そして、次第に彼女に惹かれ始め、二人は人目を偲ぶ愛を交わすようになるが、それが人に知れ、カエターノは教会から追放される。
そんなことも知らずに、数度の悪魔祓いに耐えながら彼を待ち続けるシエルバ・マリアのその後は・・・
主人公であるシエルバ・マリアの主観が直接現れている部分が少なく、周りの環境や登場人物から彼女の姿を浮き彫りにしていて、それが物語全体をとてもリアル、且つ幻想的にしている。
’ コレラの時代の愛 ’ の中でも感じたけれど、彼の作品の過剰とも言える愛の形がここでも感じられた気がします。
悲しい物語の中にも彼らの純粋な愛がもたらすキラッとしたものが、話を悲しいだけでは終わらせず、とても美しい物語でした。
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